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第5回「頑張るのは嫌い、でも頑張る自分は好き?!」

2012.12.11

「頑張り屋さんだねぇ」と小さい頃から言われ続けてきた。

相手は褒めているんだろうけど、そのたびに何だか複雑な気持ちになる。

頑張ることが何だかかっこ悪い気がしてしまって。
流行の影響なのか、ナチュラルであったり、自然であったり、「抜け感」がいいような気がしていた。

こうなりたいという夢があって、それに向かってそのプロセスも「楽しくやろう」と思うのに、いつの間にか必死になっていたり、必死でできない自分に「あぁ、何やってるんだろう」「うまくいかないな」ともがいたりする。

頑張って、うまくいったとき、「やった!」って思う。
最高の気分を味わえる。
でも、頑張りすぎて燃え尽き症候群になるのでそれも怖い。

だから、「頑張る」という言葉は何か自分の中でうまく処理できなかった。

何か目標があって、それに向かって努力し続ける自分の「頑張る」が、受け入れられなかった。

「「頑張る」のがやっぱり好きなんだね」と誰かに言われると、「そんなことない!」と全否定する。

悩んでばかりいる人が「結局、悩むの好きなんだね」と言われて、「そんなわけないじゃない!つらいから悩んでるんだから!」となるのと少し似ている。

ところで、毎日日記を書いているのだけど、あるとき、今日一日を振り返って、いろいろな物事をやりきった自分に対して「あーすっきり!よく頑張った!エライ!」と声をかけてあげている自分がいた。そんな自分を褒めてあげている。「こんな私は好き!」と思い、気持ちが爽快。

どこかにお出かけしたり、誰かとお茶して「あー今日は楽しかった!」となることはあるが、楽しめた自分をそこまで「エライ!すごい!」と自分を褒めたことがないことに気づいた。

結局、私は「頑張る」のは嫌いだといいながら、「頑張った自分」は好きなんだ。だから、「頑張っちゃうのだ」とわかった。

でも、楽しんでいる私は好きだし、 頑張ってエライ!自分だけではなくて、自然に楽しんでいる私も認めてあげたい。

だから「頑張っている自分」と同じくらい「自然に楽しんでいる自分」も、「今日はめちゃくちゃ楽しんでいたね!エライ!」と認めてあげる。

「楽しんでいる私」が今よりもっともっと増えますように。